無料ブログはココログ

リンク

フォト

2013年6月 2日 (日)

若林亜紀という物件

「行政改革」が中曽根一流の扇動の装置だったことに、気がつかない人、気がつかない振りをしている人が多すぎる。国労の衰退と動労の転向が中曽根の狙いだったし、森喜朗や中川秀直は、日教組と自治労を解体するのが狙いだとも言っている。

「サヨク」「アカピ」「ちょうにち」とののしられている朝日新聞だが、9.11のときにもテロとの戦いに参戦しかねない社説を書き、いまや、「少しばかり『リベラル』な産経」となりつつあるのではないか。『AERA』も同じことだ。そして、12月のTVに売れっ子として出ていた「ジャーナリスト」若林亜紀こそ、そういう時代の申し子だろう。

「独立行政法人祭り」「公務員祭り」――まったく2ちゃんねるの「祭り」と同じだろう――の中でも、彼女の地金が出たのが、都市再生機構をめぐっての12月4日の次のような叙述だ。

「愛知県保見団地では9000戸中4000戸が日系ブラジル人です。低所得者や身障者向けだから公金投入という理屈は通りません。」(渡辺大臣がんばって!2)

どこをどう見たって、日本人の劣情のような憎悪を煽り立てる文章ではないか。日本人のジャーナリストが日系ブラジル人について言うから、見逃されているのだろう。もしドイツのジャーナリストが、ドイツについて「トルコ人、ギリシャ人が~」とやりだしたら、レイシストとして逆ねじを食らうのは眼に見えている。URは、すでに1980年に国籍条項を撤廃している。

「入居の条件を満たしていますが、何か?」としかいうはずのないことだろう。入居後のマナーの問題はもちろん、あるかもしれないが、それはまた別である。日系ブラジル人の入居ををことさら問題視するのはいかがなものか。そして、保見団地については、URのHPでもわかるが、いわゆる億ション物件ではない。

もちろん、若林のブログで触れている都内の高級物件についての、外国人エリートビジネスマンへの高級住宅の建設が本旨ではないはず、というのは正しい。ただ、それは、「エリートビジネスマン(⇔ワーカー)」「高級住宅(⇔良好な住環境を満たす程度かそれより少しよいもの)」というところに力点を置かれるべきであり、中~低所得者向けの住宅の充実は、元ゼネコン社員で宅建保持者の彼女が夢想するような市場では無理だろう。かつて、早川和男が『住宅貧乏物語』で説いた、基本権としての居住権は、20年ほどたった今、見事に忘れられている――。

それにしても、若林のデビュー作『ホージンのススメ―特殊法人職員の優雅で怠惰な生活日誌』の腰巻に文章を寄せた佐高信はいったい、何を考えたのだろう。彼が推薦文を書いた新人はいまや、猪瀬直樹を支持し、行革イデオロギーを撒き散らしている。

外交官だった天木直人もやはり若林を支持する。官僚組織への批判で共通するところがあると考えているのだろう。しかし、若林は、イラク戦争反対を言っていたのはいつのことやら、いまでは、渡辺喜美にすりよるような考え方の持ち主ではないか。

渡辺は護憲派でも、イラク反戦派でもない。それどころか、神道政治連盟や日本会議のメンバーである。彼女は、安倍内閣発足時も行革に期待し、イケメン首相には甘く、タウンミーティング問題が明らかになるまで教育基本法には口をぬぐっていたのではなかったか。当時、まるでブレヒトの『第三帝国の恐怖と貧困』に出てくるウィーンの市民のような絶望感を持って事態を見守っていた一人としては、腹が立つ。こういうしかない。「若林さん、あなたが安倍内閣をあれほど増長させたんだよ」

知り合いの、あるジャーナリスト(これは本物)が、マスコミの早稲田閥を呪っていたのを聞いたことがある。彼によれば、学生の時分から一流マスコミでアルバイトしてコネつくりに余念がない早稲田の人間こそ、たいしたことない腕のわりにペイのいい仕事を独占している特権階級とのことだったが、何、三田のほうにも似たような人がいるということだ。

どうやら手紙を書くと必要があるらしい。書き出しは――

佐高信さん、いまでも、若林亜紀さんを支持しておられるのでしょうか。今後、『ホージンのススメ』が文庫化されるときも佐高さんの帯がつくのでしょうか。

彼女の最近の発言を見る限りあきらかにおかしな方向にかじを切ってしまっています。ブログではレイシストまがいの発言まで見られるではありませんか――。

2013年4月26日 (金)

大月書店『生存の東北史』

大月書店さんの『生存の東北史』、初校ゲラ(本文部分のみ)、4月18日発送。これは、3月29日に依頼があり、31日に最初のゲラがきている。昨年の夏のシンポジウムによるもの。

2013年2月25日 (月)

お知らせ1

仕事用ブログへの改造のため、かなり多数の記事を「下書き」状態にしました。最終的に削除するか、別ブログを設定・管理できればそちらに移すつもりです。

2012年12月18日 (火)

母の健康

母の具合、11月いっぱい外からの仕事を休んだことで少しよくなったものの、基本的には変わらない。よくない。薄紙をはぐようによくは…ならないのである。このブログを読んでおられる人がいて、「具合がよくなったんだって」と言ってこられたがそうでもないのですよ。

2012年11月27日 (火)

品川正治さん講演会

11月上旬に一つ仕事を戻した後、母の具合がよくない。メニエール病と心臓肥大を持っているし、こちらが校正で家事をしないとよけいひびく。それでも落ち着いてきたので、17日は弘済会館(四ツ谷駅下車)での「9条歌人の会」の講演を聴く。品川正治さんの講演。すこしお話しできたのは嬉しさの極み。ただし、父の名はご存じなかった。なにしろ、70年前の話の、しかも科が違うのだから。それでも、理科系の友人にまつわるハート・ウォーミングなお話を伺えた。

品川講演の収穫はまだある。田邊元『歴史的現実』が京都大将軍の父の育った家にあった理由である。学生のための特別講演会で話されたのだ。父には従兄がおり慶應の工学を出て東芝に入ったが早く死んだ。その人の蔵書かあと思っていたのだが。父のものだったのだ。あの薄いパンフレット様の本は大将軍の家を明け渡すとき、古道具屋に『東京と京都』(大量にあった)と一緒にして出してしまった。今にして思えばなんともったいないことを。

品川講演で三好達治が出てきたのも、9条歌人の会にはふさわしかったことを付け加えておこう。上田三四二『短歌一生』に収められた、『「ただよふ」』につき という文章でも『春の岬』から引用されている。考えてみれば入学は上田さんが一年上のはず。あの講義を聴講されていたのかしら。立ち話でそのあたりを二三お伺いしたのだが、上田さんについてはご存じなかったようす。お二人とも最初の学年、剣道部なのであるいは、とも思ったのだが。
新アララギの吉村睦人氏さんが最近の作品について話されたのだが、現代の歌人に対する苦言というのは、果たしてそうか?と思う部分あり。大口玲子の場合はザチーレが入っているのではないか、あるいは、吉川宏志の『燕麦』に収められたような作品についてはどうなのか。それが話に入ってこないと公平ではないだろう。

9条歌人の会について。もちろん疑問はないわけではない。たとえば、ナショナリズムについてどう考えるのか。美しい国土を守れという願いから、「天皇・皇后両陛下も祈っておられる」というパターンへ行ってしまうということも十分にある(高島・真中論争は今日の参加者にどう把握されているのか)。 もっとも、今の共産党支持者は、案外このあたりころりと行ってしまっているのではないかという声はさらに「左」のつもりの人たちから昔から言われてきたことだが……。

2012年10月16日 (火)

Olasonic TW-S7

昨年の本箱搬入以来、ステレオの置き場所がなくなっていて、頭が痛い。本来なら、この三分の二くらいの荷物でしか住めないはずの家である。そういえば、最初に「名曲の楽しみ」を聴いたとき、まだテープレコーダーを持っておらず、マイティーチャーでリヒテルの平均律(第二巻の第1曲)を録音したことがある。それに近い状況になっているのかもしれない。

しようがないのでCDもラジオもパソコンで聴いている。Olasonic TW-S7を購入。9月19日に配達してもらい、翌日から設置。SONYから独立したというので固い音かなと恐る恐る予測していたが、それほどひどくない。かっちりした音ではあるが、ピアノの独奏や小規模な声楽は非常にいいしホルストの惑星のような大物(ハンドリーがロイヤルフィルを振ったあの隠れた名演奏!)もがんばって再生してくれる。ただし、正直に再生してしまうので、ソースが古くて尚且リマスタが適当なものはそれなりの音しかでない。隣接著作権の失効で激安で出た、ヴァルヒャのバッハ10枚組(メンブラン)がその典型。オルガンの機構の動く音は拾ってしまったりする。バスブーストは……意味なし。音をいじって化け物を作ってどうするという感じ。

2012年9月22日 (土)

2011年の仕事(補足)

久々にこのブログに手を入れた。ながらく放りっぱなしにしていたので、さびしい限り。もっとも、自分の動静を、見も知らぬ他人に報告しているのは警戒心皆無といわれ、記事の作成をためらったのだが。
・安田浩『近代天皇制国家の歴史的位置――普遍性と特殊性を読み解く視座』
明治時代、母方の曽祖父は「区長」を務めたことがあり、叔母はそれがちょっとした誇りらしい。叔母と話したとき、たまたまこの本に話が及び、「そういう仕事が明治時代にあったよね」と返したら、えらく誇らしげだった。もっとも、「町村制56条」に基づく行政の末端機構にすぎず、要するに、団地の自治会の役員みたいな部分があり、そのことを説明しだすときりがないのだ。
もっとも、詳しいことを言って失望させても何も意味がないのでそれ以上は言わなかったのだが。

・二宮厚美・新福祉国家構想研究会編『シリーズ新福祉国家構想1 誰でも安心できる医療保障へ――皆保険50年目の岐路』
これは、えらく大きいもののように思ったが、出来上がってみるとそれほど大部ではなかったし、それなりに、バランスもいい。『EU労働法政策雑記帳』で取り上げられ、アクティベーション型政策のほうがいいのでは? と評されていて、このあたり論争が起これば生産的だったのだが――。

2012年6月 8日 (金)

京都の仕事

6月3日に京都の仕事(J. S. ミル)発送。デフォウの時よりははるかに無駄な力は入れずに仕事ができたが…。しかし、昨年分(原稿整理)については、あれはなんだったの、ということになる。今少し落ち着いて見本をもらった段階からつめておくべきだった…。

今回の仕事している間に吉田秀和の訃報を知った。

2012年5月 4日 (金)

突風仕事

校正を送る。筑豊産炭地での労働者生活に関する調査。
――公営住宅が充実していることで保護受給者層が息をつけることは大きな問題だろう。鉄筋マンション暮らしの老人が飢死して発見されることが東京ではよくあるが、これは、保護→条件として鉄筋退去→とても耐えられない→そのままでいよう→…餓死 というコースをたどるからだろう。筑豊の場合1万5千円程度の家賃(住宅補助に等しい)で鉄筋に住んでいるからどうにか助かっているのだろう。しかも3DKである。「西ヨーロッパの福祉国家なみの住環境」。

――失業対策事業こそ優良な雇用だったという逆説がある。官のほうからは当然、違う意見があるわけだろう。失対事業の廃止についての経緯を扱った良質のドキュメントがあれば読みたいのだが。

しかし、時間が足りない。突風仕事は当分二度と受けられない。少なくともここはダメという範囲を決めて、一日時間も決めないと、サービスをしているようで結局は不良品を生産してしまうことになる。

2012年4月21日 (土)

疲労

ちょっとした間違いが続き、つくづく疲れる。

『音楽の絵本』のオープニングがRV94だと知る。昔、和歌山の田舎に住んでいた頃、いかるが牛乳の天気予報がやはりこの曲だった。出だしのメロだけだと四季の「冬」のラルゴそっくりで、編曲だろうという人がいたが、やはり別の曲。

«帰りの電車で

最近のトラックバック

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31