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2008年4月20日 (日)

そんなの関係ねぇ? そして、休止のお知らせ

毎日新聞 04月19日
航空自衛隊のイラクでの活動の一部を違憲とした名古屋高裁判決を巡り、航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長が、お笑いタレントの流行語を引用して「私が心境を代弁すれば『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言したことについて、原告団は19日、防衛省に抗議文を送付した。近く田母神氏に面談を申し入れるという。

抗議文は「発言は憲法を無視してイラク派兵を強行し続けている政府や防衛省の『本音』を端的に示したものであり、『憲法なんて関係ねえ』と述べたに等しい」と指摘している。

原告団は、元文部科学相の中山成彬衆院議員が18日、「問題のある裁判長で、変な判決だった。3月末で辞め『最後っぺ』(おなら)を出したようなものだ」などと語った件でも、中山議員に抗議文を送るという。

レベルの低い反応というしかない。
幕僚長は、公式コメントを繰り返すのが普通だろう。明らかに笑いを取ろうとしてやったのである。ネットウヨクふうにいえば、「田母神GJ!」なのだろう。

中山氏についていえば、以前、児童・生徒のもつ悩みについて野党の議員が問いただすと「ひねくれた子供もいるだろうが」と答えた人である。そんな目の粗いことでよく大臣がつとまるな、と思うが、夫婦で議員になっている。

ひどい政府なのには変わりがないらしい(例の <内部告発ジャーナリスト> はこの件、どう考えているのだろう?それこそ、「そんなの関係ねぇ」なのか)

養生(古めかしいが)のため、しばらく、このブログの更新を休止します。

2008年4月17日 (木)

まともな判決

イラク訴訟、まともな判決が出た。敗訴というのが残念だが、裁判長の工夫のぎりぎりまでということだろう。

まず、朝日

「空自イラク派遣は憲法9条に違反」名古屋高裁判断
2008年04月17日14時17分

 自衛隊イラク派遣の差し止めや派遣の違憲確認などを求めて全国の市民3千人以上が提訴した集団訴訟の控訴審判決が17日に名古屋高裁であった。青山邦夫裁判長は原告の請求を退けた一審・名古屋地裁判決を支持、控訴は棄却したが、「現在の航空自衛隊のイラクでの活動は日本国憲法9条1項に違反している」との判断を示した。全国で起こされたイラク派遣をめぐる訴訟で、一、二審を通じて違憲判断が示されたのは初めて。

 判決は、首都バグダッドで米軍と武装勢力との間で激しい紛争が起き、一般市民に多数の犠牲者が出ていることを指摘。「イラク特別措置法にいう『戦闘地域』に該当する」と認定し、空自のイラクでの活動は武力行使を禁じたイラク特措法に違反し、憲法9条に違反する活動を含んでいると結論づけた。

 裁判は04年2月に最初の提訴があり、7次にわたって3237人が原告として名を連ねた。名古屋地裁は06年4月、派遣差し止めを却下、慰謝料請求を棄却、憲法判断を避ける判決を言い渡していた。

 控訴審には1122人の原告が参加した。審理の中ではイラクの現状を記録したDVDを見たり、原告側が申請した証人2人が陳述するなどして、裁判官側も原告の主張に耳を傾ける姿勢を示した。

 イラク派遣差し止めをめぐっては、北海道、仙台、栃木、東京、静岡、京都、大阪、岡山、熊本で各地裁に市民が提訴したが、これまで原告敗訴の判決が出ている。

割と要点を抑えているのが読売

「空自イラク輸送活動、名古屋高裁が「憲法違反含む」と指摘」
(2008年4月17日14時24分  読売新聞)
 自衛隊のイラク派遣に反対する市民グループのメンバーらが国を相手取り、派遣が憲法違反であることの確認などを求めた訴訟の控訴審判決が17日、名古屋高裁であった。

 青山邦夫裁判長(高田健一裁判長代読)は、「イラク特措法が合憲であったとしても、活動地域を非戦闘地域に限定した同法に違反し、憲法9条に違反する活動を含んでいる」と述べた。そのうえで、1審・名古屋地裁判決と同様、訴えが不適法だとして、原告側の控訴を棄却した。

 訴えていたのは、自衛隊イラク派兵差止訴訟の会(池住義憲代表)のメンバーと、天木直人・元レバノン大使の計1122人。原告側は、「イラク派遣は戦争放棄を定めた憲法9条に違反するほか、憲法前文に掲げられた平和的生存権を侵害され、精神的苦痛を受けた」と主張し、派遣の差し止めと違憲確認、損害賠償を求めていた。

 判決は、現在のイラクの状況について、「多国籍軍と武装勢力との間で、国際的な武力紛争が行われている」と指摘。そのうえで、航空自衛隊の活動について、「空輸活動のうち、少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸する活動は、武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」と判断した。

(2008年4月17日14時24分  読売新聞)

くやしさでムカーというのが産経。これはお笑いまで。

空自イラク派遣は違憲 原告の控訴は棄却 名古屋高裁
(2008.4.17 14:19 産経新聞)

自衛隊のイラク派遣は武力行使の放棄などを定めた憲法に違反するとして、天木直人元駐レバノン大使や市民ら約1100人が、派遣の差し止めや1人につき1万円の慰謝料を国に求めた訴訟の控訴審判決が17日、名古屋高裁であった。

 青山邦夫裁判長(異動のため高田健一裁判長代読)は原告側の控訴を棄却した上で、「航空自衛隊の空輸活動は憲法9条に違反するとみられる」として、空自のイラクでの活動は違憲との判断を示した。

 原告側は「自衛隊のイラクでの活動は外国軍の武力行使と一体化し、武力の保持や交戦権の行使を認めない憲法9条に違反した。平和的生存権を侵害された」と精神的苦痛への慰謝料を求めていた。

 1審名古屋地裁判決は、派遣差し止めについて「具体的な権利や義務に関する紛争ではなく、訴えは不適法」と却下。慰謝料請求を「市民の具体的権利が侵害されたとは認められない」と棄却した。

健康の問題がちょっとある最中なので、お祝いにもいけないが……。

風邪引き。三四ニ読了

風邪を引いた。土曜日午後に喉に軽い痛み。日曜にかけて痛みが増し、月曜日にかかりつけで受診するも熱が下がる気配なく、38度を超えて上がり、火曜日、同じ医院の別の医師に。火曜日の上がり方はやや不気味で、母がリハビリに行った隙に酷く上がったらしい。けっきょく母親の手を煩わして、氷を割ってもらい、水曜の午前に37度2分、午後にやっと36度5分に。防衛医大系の医師なので、直し方が荒かったりする(以前、薬からくる皮膚のあれに悩まされたこともある。「戦陣医学」は副作用をいってはいられない、というやつだろう)。幸い、今回は副作用には悩まなかった。

けっきょく、行きたい行事は8割がところ、キャンセル。

上田三四二『この世 この生――西行・良寛・明恵・道元』読了。原典そのものが晦渋な道元の章など、少し読みづらいが、やはり名作。

例の「ちるはなはかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも」(『涌井』)は、

『……しかし、西行にとって、死後は死の瞬間に及ばない。西行の死後は、死の瞬間に揚がる美しい花火の、尾を曳いて闇(やみ)に懸かり闇を渡る、その光芒の余勢のようなものではなかったかと思われる。」(「花月西行」19頁)

や、良寛を扱った

「……苦しみつつ死へとずり落ちて行く良寛の足許(あしもと)には、「沫雪の中にたちたる三千世界(みちあふち)またその中に沫雪ぞ降る」の水晶宮幻想による透視空間がどこまでも拡がり、頭上には、「つきて見よひふみよいなむやここのとをとをと納めてまたはじまるを」の遊戯(ゆげ)法楽の時間讃歌(さんか)が、いつまでも響(な)っていた。」(「遊戯良寛」73頁)

を脇に置くとき、たんなる桜の名歌という以上の感じがする。

そして、「地球浄土」の章で、上田三四二の社会思想史的な、反核の思想に行き当たる。だが彼はこのあたり、歌とは見事に切り離していたのではなかったか。散文の利ともいうべきものが生きた名文である。

2008年4月 9日 (水)

訂正

『文藝春秋』3月号の若林亜紀の文章を見てみた。150ページにこうある。

小泉と私には縁がある。私の父と小泉の親戚が大学の同級生で、小泉の東京事務所は一時、新橋にある父の実家の一画にあった。私が育ったのは神奈川県で、小選挙区制が始まる前までは小泉の選挙区だった。選挙になると小泉陣営から必ず電話がかかってきた。私も小泉改革を支援したいと思った

たしかに慶応ではない。訂正しておく。

ところで、かながわ市民オンブズマンのHPを見ていると、役員に、大学時代のクラブでの友人と同じ名前の人がいるので、驚く。アジアに精しい人でクラブの人気者だったが……。

2008年4月 7日 (月)

訂正

訂正

4月6日の記事について、「若林亜紀」名で、事実誤認だというコメントがあったので、一転だけ、一応、訂正しておきます。ただし、本当に本人なのかは疑問ですが。

天木直人の選挙を手伝ったのも天木直人に好意的だったのも
これはこちらの思い込みの可能性が強いので。

ただし、家族の学歴については、文藝春秋3月号を見ないと訂正はできません。一週間ほどの間に図書館に行くことがあるので、その際に確認して直すべきは直しますが。

2008年4月 5日 (土)

風が桜の花びらを散らし……

おとつい、きのうと桜が散って、吉野弘・高田三郎の「心の四季」を思い出す。花見に行かず。日中は確かにあついくらいだったが、夜は「春がそれだけ弱まってくる」どころか、冷える。

3504129236618_5 CD、本日、良品が到着。 先週の日曜日に届いたものは、2枚目のレーベル部分に傷があり、再生は支障がないとはいえ、将来的に不安なので交換してもらった。幸い、今回は良品が手に入ったからよかったが。CDになってから、不良品にあたることがよくある。それも値段に関係なく。技術としてまだ枯れていないということだろう。だから、HMVのサイトでボックスもので33枚(106曲)1万円代前半、とか50枚で5000円代という広告があっても、確認が厄介だなと思って怖気づいてしまう。33枚を到着後一週間で検品するというのは、苦痛に近い。

1枚目――ハスキルはプライベートな録音で、そのせいか、リスト(1928)は全部の音が入りきっていないのか、微妙な残響の部分が切れてしまっているみたいだ。ただ、指はよく回る。擬音を使うのは月並みだけどコロコロという音。

グラウンとプーランク(どちらも1936)は針の音がすごいが、40代にはったばかりの将来への不安に満ちた内面を浮かび上がらせている。

晩年になっての、ベートーヴェンの2番は、オケとの録音でないのが残念至極。1958年というから、彼女に残されていた年は片手に満たないのだが……。
期待していた、ヨッフムとの9番は、たしかにシューリヒトと入れたヘンスラー盤よりもいいが、テンポはもう少しだけ速くてもいいだろう。この曲はモーツァルトが若い頃の曲だし。

2枚目――リパッティが、インタビューの途中でショパンのワルツやバッハの「イエスよ、私はあなたの名を呼ぶ」(惑星ソラリスの曲といえば、ああ、あれかという人も多いはず。私の葬儀に使ってほしい曲の一つ)を弾いていて、美しい(ただし、リパッティといえば、早世したので、MP3で、著作権フリーで聴けるようにになっているから、高い買い物だといえなくもない)。バルトークでは打って変わったように野性的。

ただし、おしまいに入っている1943年のルーマニアでの自作録音など、けっこう微妙な問題を残すことになったのだろう。何しろ、「鉄衛団」の時代、アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』で知ったのだが、この国は激烈な反ユダヤ主義が支配していて、ナチスも顔負けの迫害をしたのである(アーレントは、ブルガリアがユダヤ人を保護しようと努力したこととの対比で描いて、いっそう際立たせている)。
戦後、ルーマニア作曲家連盟から除名されたというのも(これはSpycketの解説で知った)こんな時代に帰国して演奏したりしているからなのだろうか。

最近、畠山睦雄『ディヌ・リパッティ 伝説のピアニスト 夭逝の生涯と音楽』という感じのいい伝記を書店で見かけたが、このあたり、どう触れているのだろう? 戦時中の活躍がいくぶんかは原因になっていたのだろうか。ユダヤ系のハスキルとの友情が壊れなかったのが不思議である。

ハスキルについても、リパッティについてもJ.Spycketによる、解説は面白い(といっても私は英訳部分しか読めないのだが)。二人の微妙な友情の危うさの切ないこと! ただ、リパッティへのインタビューについては英訳は原文をかなり省いての抄訳らしい。2番めと3番目がどうやら逆になっているのか?

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