風邪引き。三四ニ読了
風邪を引いた。土曜日午後に喉に軽い痛み。日曜にかけて痛みが増し、月曜日にかかりつけで受診するも熱が下がる気配なく、38度を超えて上がり、火曜日、同じ医院の別の医師に。火曜日の上がり方はやや不気味で、母がリハビリに行った隙に酷く上がったらしい。けっきょく母親の手を煩わして、氷を割ってもらい、水曜の午前に37度2分、午後にやっと36度5分に。防衛医大系の医師なので、直し方が荒かったりする(以前、薬からくる皮膚のあれに悩まされたこともある。「戦陣医学」は副作用をいってはいられない、というやつだろう)。幸い、今回は副作用には悩まなかった。
けっきょく、行きたい行事は8割がところ、キャンセル。
上田三四二『この世 この生――西行・良寛・明恵・道元』読了。原典そのものが晦渋な道元の章など、少し読みづらいが、やはり名作。
例の「ちるはなはかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも」(『涌井』)は、
『……しかし、西行にとって、死後は死の瞬間に及ばない。西行の死後は、死の瞬間に揚がる美しい花火の、尾を曳いて闇(やみ)に懸かり闇を渡る、その光芒の余勢のようなものではなかったかと思われる。」(「花月西行」19頁)
や、良寛を扱った
「……苦しみつつ死へとずり落ちて行く良寛の足許(あしもと)には、「沫雪の中にたちたる三千世界(みちあふち)またその中に沫雪ぞ降る」の水晶宮幻想による透視空間がどこまでも拡がり、頭上には、「つきて見よひふみよいなむやここのとをとをと納めてまたはじまるを」の遊戯(ゆげ)法楽の時間讃歌(さんか)が、いつまでも響(な)っていた。」(「遊戯良寛」73頁)
を脇に置くとき、たんなる桜の名歌という以上の感じがする。
そして、「地球浄土」の章で、上田三四二の社会思想史的な、反核の思想に行き当たる。だが彼はこのあたり、歌とは見事に切り離していたのではなかったか。散文の利ともいうべきものが生きた名文である。
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