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2008年8月 2日 (土)

ある評議会の記念のために

集まりあり。電気街の駅へ。黄色の氾濫するレイアウトに気分が悪くなりかける。

ハンナ・アーレントからの引用。とりあえず、ある「レーテ」の思い出のために録す。

うたがいもなく、経営の才能は労働者階級の人々にも欠けてはいなかったはずである。ただ問題は、労働者評議会がそのような経営の才能を発見する機会としてはたしかに最悪のものであったということである。なぜなら、かれらがかれら自信のあいだから信任して選んだ人々は、政治的な基準にしたがって、信頼性、人格の高潔さ、判断的能力、そしてしばしば肉体的勇気によって選ばれた人々であったからである。政治的力量の点では活動の資格を完全にそなえていた同じ人々が、工場の経営やその他の管理的仕事を任されたばあいには、失敗せざるをえなかった。それというのも、政治家あるいは政治的人間に要求される資質と経営者や管理者に要求される資質とは同じものでないだけでなく、それらが同一の個人のなかにともに見いだされることはめったにないからである。一方は、その原理が自由であるところの人間関係の分野にあって、人間のあつかいかたを知っているものと想定されており、他方は、その原理が必然性であるところの生命生活の領域にあって、物と人の経営法を知っていなければならないのだ。工場の評議会は物の経営のなかに活動の要素を持ちこんだ。そして、これは実際のところ、混乱をつくりださずにすまなかった。(『革命について』)

Qナンノコトダカワカリマセン・・・・

A1わかる人にはわかりますよ。

A2事実は逆です。口だけが動いて手がお留守だったわけではない。口こそが足らなかったのかもしれない。ほら、いるでしょう。何か問題が起こると単純作業に逃げ込む人。あの種の心性が僕らにあったのかもしれませんよ。

1番目のそっけない答えも2ばん目の反論も、矛盾するものでありながら、ふたつとも僕の中にある。こんなにすらすらとしゃべれたわけではないが。

注:本日、会議でお目にかかった皆さん。上記の文章につき、ご異議があればお申出下さい。協議の上、削除に応じます。

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