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2009年1月 7日 (水)

雨宮雅子の「棄教」?

『短歌現代』を読んでいて、久我田鶴子の文章で、雨宮雅子がつい少し前に「棄教」していたと知る。夫の竹田善四郎さんが無宗教なのでそれに合わせたらしいが、話題にされている作品自体を読んでいないので、いまひとつわからない。が、以下、久我さんの言うとおりだとして。

驚いたが、同時にやはり、と感じないでもない。
詩歌系の同じ結社にいた時代にこの人に割合好意的に取り上げてもらったことがあるが、彼女が持ち出すキリスト教は「ハイ・カルチャー」「山の手文化」「おフランス」(晶子の時代から歌人にはフランスの詩へのコンプレックスがあるのではないかしら?塚本邦雄が指摘していことでもあるが)といったもので代替できるのではないかと疑問に思っていたからだ。僕の大学での後輩の母親に仏文出のモーリヤック研究家がいたことも、その一因である。雨宮さんは僕が退会する少しまえにやめられたし、僕にいたってはそのあと長く作歌をやめていたから、それ以降、お付き合いもなかったが――。

もっとも、一昨年(2006年)、友だちが、地方の私鉄の機関車や客車についてのブックレットを編集したので、とくれたことがある。これ。機関車のメーカーに「雨宮製作所」とあり、明治の怪商・雨宮敬次郎の残した比較的まともな事業だとはウェブで知った。雨宮さんはこの祖父が好きで、いくつか随筆に書いてもいるが、敬次郎氏、「賛助会員になりたい」と名誉欲半分で社会政策学会に申し出た時、「あのひとだけは遠慮してもらおう」となったはずではなかったか。仕事柄、そのあたりの記録を読んだ覚えがある。

前田夕暮も窪田空穂も、青年期には信者になったが、結局はキリスト教徒としては一生を全うしていない。現代の人では富小路禎子もそう。だから、よくあるケース(所謂「卒業クリスチャン」)なのかもしれない。だが、田井安曇(聖公会)や竹山広(カトリック)といった、家の宗教としてキリストと付き合わざるを得ないという人の作品に向かい合っていると、単純に「はいやめました」で済むものじゃないだろうという気がする。

それにしても彼女の結社「雅歌」の名前はどうなるのだろう。
『右辺のマリア』での「教会に入り文学を盗むとは有島らに関し内村鑑三言えりき」という田井さんのエピグラム的名作をいまさら引用しようとは思わないし、「名前を変更しろ」などというつもりはないが(『よだかの星』でもあるまいに)。

信者が棄教するのは勝手だが、おそらくそんなに簡単にはゆかぬはず。まともに信仰を受けとめようとしたのであれば、どこかで染みのように影響を残すはず。雨宮が久我田鶴子のいうように日本的な風景にめでたくおさまってしまうのか、そうでないのか。

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