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2012年12月18日 (火)

母の健康

母の具合、11月いっぱい外からの仕事を休んだことで少しよくなったものの、基本的には変わらない。よくない。薄紙をはぐようによくは…ならないのである。このブログを読んでおられる人がいて、「具合がよくなったんだって」と言ってこられたがそうでもないのですよ。

2012年4月21日 (土)

疲労

ちょっとした間違いが続き、つくづく疲れる。

『音楽の絵本』のオープニングがRV94だと知る。昔、和歌山の田舎に住んでいた頃、いかるが牛乳の天気予報がやはりこの曲だった。出だしのメロだけだと四季の「冬」のラルゴそっくりで、編曲だろうという人がいたが、やはり別の曲。

2012年4月19日 (木)

帰りの電車で

勉強会の後、居酒屋で食事をし、西武池袋へと出る地下鉄の改札で切符を失ったらしく小銭入れを探って160円を出した時に今度は傘を忘れてしまう。ホームに入ってすぐ気が付いたがもう取りに戻る気に慣れない。

帰りの西武電車の中で、中島京子『イトウの恋』(講談社文庫)を読んでいた。鴻巣解説はよい取り合わせ。それで感想いくつか。

――現代の部分の文章が軽いという意見があちこちで目につくが、いまはこうと考えるしかないだろう。何せ、頑丈が売り物の電車ですら、軽量化しろと言われて久しいのだから。
――郷土史研究がきっかけというのだったら、たとえば来栖良夫に「鉄砲金の話」があるが、中島はこういう左翼っぽいのを読んでいるのだろうか。ふつう(笑)の読書好きのコドモであっても、岩波や福音館で育つか、それとも岩崎書店や理論社で育つかで、だいぶ違う。

――鼻につくところがあるとしたら、耕平の家庭環境の設定だろう。曽祖父のトランクが話題になるというのは、かなり特殊な階層に属する。ブランドブームがあったころ、「やっぱりエルメスの旅行鞄は違うわね。作りがしっかりしてて結局お得だわ」などという台詞が流行ったが、これを苦々しげに見た人曰く、何代も旅行鞄を使い継ぐというのは外交官か学者か企業の幹部くらいだろう、そこいらのどこの馬の骨かわからない出の小娘がいうんじゃないよ――。でもいるんですね。エルメスを語ってもいい人。中島は、曽祖父の鞄を語れる階級をその出自に持つ人物である。

耕平の曽祖父の話というのは、実は創作でもなんでもなく、中島自身の出自に基づいている。東京高等工業の初代建築科長の滋賀重列は、彼女の母方の曽祖父にあたる。講談社の文芸雑誌や書評の類でこれはそこはかとなく語っているかもしれないが。

こんなことを書いたのは、両親が仏文学者というだけで、単純な反応をしている人が多かったからだ。ようするに、「うらやまけしからん」というのだろう。その手の読者は、おそらく『イトウ~』も読んでいまい。

ただ、曽祖父のトランク云々を面白がれるかどうかで中島ワールドを楽しめるか楽しめないかが分かれてくるような気はする。

「過去の文書」が途中で切れているのは『おうち』も同じで、基本的には同一の手法を使っているわけだ。小説はことごとく注文生産の一点ものでなければならないという考えからすれば当然文句はあるだろう。こちらのほうがむしろ問題になってしかるべきだったかもしれない(とっくに文句を言ってるって?)。

2012年4月17日 (火)

勉強会

11日に来るはずだった再校が遅れて15日になったので、13日の勉強会に参加。都内へ。

記号とはなんぞや、という問題で、講演はもちろん有益だったが、講師の人の携帯しているRingstar superpitchなる道具箱(720円らしい)が話題に。さすがと思うようなものを使っているなと絶賛していた人もいたが、どうだろう。これは整理が日課になっているような人だから活用できるのではないかしら。仮に何か忘れても何番目にどれが入っていると把握しているタイプ。そうでない人間だと、むしろデピカの『よいこのおどうぐばこ』のほうがお似合いかもしれない。

ついでに、小学館の『句読点、記号・符号活用辞典』を隣の席の人に教えてもらう。

帰宅後、地震があったのを知らされる。やはり年寄りを置いては外へ出られない。数時間おきに揺れているとはいえ。

2012年3月30日 (金)

恩人の死

大学のクラブの先輩が亡くなっていたことを知る。私には珍しく明るい光の中で仕事を進めていたら、友人からの電話があり、死因は心筋梗塞だったらしい。
校正の「いろは」、いや、「い」くらいはようやく覚えたころ、私は最初の編集プロをやめた。二番目は長く続いたものの、校正ではなく、検版で、作業の性質が違い、これでは摩滅してしまいかねないと思っていた時、先輩から、新聞社の出版局を紹介してもらったのだった。

校閲部が解体されて地方記者職を選んだあと、東京本社のデータセンターに戻っていたのだから、2010年の7月、もう一人の先輩が亡くなられたとき、お別れの会で会っておけばよかったのだ。悔やまれてならない。ブルクハルト的な教養人だったOさん。ありがとう。そしてさようなら。

2011年12月 6日 (火)

本箱、入れてみた

P1020232_2 ・本箱、12月3日にいちおう入れてみる。
・著作集用、歌集用、などとも考えたが、けっきょく、当面使わないが大事な本を入れるということで大体決着。だから、スライド書棚やスチール棚からも持ってきている。ただし、大体であって、学校時代買ったものの、結局は読みこなせなかった洋書も入れた。おかげで机の近くにあるスライド棚がだいぶ片付いた。
・父の蔵書は、ハードカバーはこちらへ。
・ただし、文庫新書の類は迷う。戦後の新潮文庫は破棄。岩波でも、ウィンパー『アルプス登攀記』は破棄決定。半世紀ほどの時間がたつと、紙はシミがでて汚くなっており、精妙な小口木版も楽しめなくなってしまっている。坂口謹一郎『世界の酒』(岩波新書)、郭沫若『歴史小品』、岡倉古志郎『改訂版 死の商人』(いずれも岩波新書)も尾崎秀樹『ゾルゲ事件』、会田雄次『アーロン収容所』(いずれも中公新書)も廃棄。いずれも現代でも手に入るし、中公のビニールカバーは時間がたつと沿ってきて、表紙が折れ曲がってしまう。
・棚板はしなりもせず。この本箱がハードカバーをこれだけ入れたのは、実に47年ぶりだろう。父の持っていたであろう専門書が、売られたり引き取られたりしたあと、高校までは、母と私の蔵書数も大したことなかったし、文庫を入れていたのである。

・一番下は、近代日本美術全集(講談社)と絵本百科(平凡社)を入れた。一番下の棚は取り外しがきくようになっていて、外したままどこかへいってしまったらしい。10巻~20巻の全集1セット分のあきがあるが、しょうがない。取り外しのきく棚板は、ほかの3段と比べれば、厚さが薄く、そもそも、ぎっしり、本を入れることを想定しているかどうかは疑問なので、ぎっしりにつめることはすまい。

2011年12月 3日 (土)

打ち合わせ、本箱

寒い。池袋ジュンク堂で、京都からきた仕事の件で担当編集者と打ち合わせ。
メールからみてものすごい敏腕と想像していたが、まさしくその通り。すきがない。原稿整理には12月上旬にはかからないといけないらしい。

池袋へ出たのだから、ついでに東急ハンズで本箱用のこまごましたものを買う。
なにせ半世紀近く前のものだから、現在の安全基準はクリアしていない可能性のほうが大きい。
喉がいがらっぽくなり、やがて扁桃腺が少し腫れた。舌の根がこった感じになる。胸も痛くなったことがある。

『正法眼蔵随聞記』に出てくる、修行僧と仏像のたとえになるのか、とも恐れたが、「ドクターシックハウス」でチェックしてみるかぎり、ゼロではない――試験紙が純白のままではなく少しは汚れているようだ――にしても、基準はクリアしている。目止につかった粉末のせいかもしれない。何しろ半世紀まえといっても、二十何年は開け閉めしており、風通しの良すぎる日本家屋で十分飛ばしているはずだ。ニスがはがれて、砥粉がまっているらしい。天の裏をアルコールでふくと布が茶色に。

とりあえずの処置として、脱臭と吸着をするというゼリーみたいなものを一ビン(ただし効き目は1か月)、そして吸着紙を引出に敷いた。本当は敷くのではなく、貼り付けるそうだが、ベニヤなので、それができない。

課題1: 夏になる前、5月の気候のよいころに、内部は塗り直したいところ。ガスストーブがあるので、部屋の温度を高くして揮発させるベーク法をやってもいい。

課題2: 三角締め(ベコ錠とか戸バネともいうらしい)がよわくなっているので、この取り替え。どんぴしゃがハンズにはなく、一応買ってきたものは全部だめ。通販でみるとそれらしいものがある。ただし、古い革袋のたとえではないが、これに新しいままの金具をつけると何か悪いことが起こるんじゃないか。

2011年11月30日 (水)

無事搬入

搬入無事終了。
29日の3時からというのは、予報では、雨だったのが、29日朝になると正午過ぎに一時的に降ると変わり、ついにもってくれた。もっとも、搬入(「卸」というらしい)の時刻は、少し遅れた。渋滞に巻き込まれたそうで、2時に千葉から電話がかかってきたときは、向こうもかなり内心あわてたらしい。結局5時を少し過ぎた時刻に到着。しかし、そのあとは、実にてきぱきとやってくれ、30分ほどで完了。その他の荷物もすべて大丈夫。上々の仕上がりに、母は安心したらしい。30日に、記念にトミカを買ってこよう。

しかし、置いてみると、やはりけっこう嵩高いものだ。アップライトピアノ半分くらいの場所は取る。

ただし、こちらにも計算違いがあった。
・棚板を自己流に養生したのだが、これが悪かった。布テープの化学糊がきつすぎて、1か所。ごくわずか板がはがれた。しょせんは合板である。しかも半世紀近く前の。もちろん接着剤という強い味方があるのだが。これなら、向こう側に任せればよかったのだ。まあ、これくらいはがまんしよう。
・きわめて華奢なものである。天井が2センチあるだろうとおもっていたら、これが大間違い、天井部そのものは5ミリくらいしかない。上げ底みたいなものである。このあたり、精妙といえばいえるが、やはり昭和30年代なのである。これでは、ラジオか時計を乗せるくらいだろう。終戦の詔勅を聴いた世代が家庭を持って購入した家具。今使っているケンウッドのAvinoはレシーバとCDプレーヤで5キロになる。買い替えを考えていたビクターのDVDコンポはレシーバが3.8キロ。いまどきのハイ・コンポはどれも小さく軽く作りすぎているといわれ、スピーカーは活かしたいなと思っていたのだが…。物理学者や建築家が知り合いにいないので、強度計算はどのようにするのかわからない。だが、君子危うきに近寄らず。いままで重いものを載せなかったから、壊れずにきたのかもしれない。さて。どうするか。パソコンデスクを使い続けるのはちと気が重いが……。

ここ数日は本は入れない。外は化学ぞうきんで拭いてやりたいし、中はべニア部はアルコールで少し拭き掃除。そののち掃除機。

・本棚の中にあった絵本百科(平凡社)、三十年ぶりに読む。平凡社はこれをなぜ復刻してくれないのだろう。「土人」があちこちででてきたりするのはいまとなっては時代を感じさせるが、ほかの部分は全体によくできている。
(もちろん、アイヌやアメリカインディアンは勝手に少なくなっていくような記述だし、公害問題はまだ出てこない。セックスも出てこないし、「死」も、物語や歴史の中では出てきても、具体的には迫ってゆかない――というような批判はおいといて)
私がいちばん気に入っているのは「あかり」。大人がムード歌謡に酔っていた頃、子供はこれを見ていたという感じである。東京タワーや銀座のネオンは出てくるが、まち全体は暗いのだ。やはり夜は闇が支配してその中に光が点在するという感じなのがこの絵の中の東京。「光害」という言葉が出てくるはるか前の世界を描いた見開きがすばらしい。

2011年11月26日 (土)

搬入日決定

引越の搬入日 11月29日 午後3時から5時までのあいだに決定。さて、終わりよければすべてよしとならんことを。(24日電話。ただし、天気はくずれて、気温もそれほど高くはなってはくれないらしい)

23日、外へ出るのに、ジャンパーでは寒く、コートでは大げさなので、パーカーを買う。ついでに紀伊国屋で『未来』を購入。レイアウトの美しいのに驚く。岡井隆の存在の大きさゆえ、選択の対象から外していて、じっくり読むのは今回が初めて。いけない。四十グレとかいって、石部金吉が40から遊びを覚えると免疫がないから耽溺してしまうケースがあるが、それに近い。
・余白をあえて少なくして版面を確保
・文字級数は大きめ
この二つで斬新なデザインになっている。以前、見本を送ってもらった『塔』はきれいにつくっていて、京大短歌会の若い衆が校正するのか誤植も少なかったが、それと並ぶ。あるいはそれ以上かもしれない。級数が大きいのは読みやすいし、歌が映える。会員数では『塔』のほうが多いが、詰め込んだ感じが少ない。そのかわり、ページ数は多い。

もうひとつのポイントは、岡井隆の磁力にどれくらいが(いい意味で)あらがっているのか――。

2011年11月25日 (金)

早稲田学報 またまた間違っています。

『早稲田学報』またまたやらかしてくれました。薮野画伯の、恩師館の水彩画の解説。
コンサイス人名あたりを引けばわかるものを。
「なかじょう・せいいちろう」×って、きよしじゃないんだから。宮本百合子のお父さんは「ちゅうじょう・せいいちろう」○

もっとも、8月の復興特集での、国立大学出身者ばかりだったからこういう事態になったというのも噴飯もの。今となっては、「『原子力村』に早稲田からも入れてね」というてるようにしか聞こえません。たとえば、高木仁三郎は早稲田の出身者でもなんでもなく、れっきとして東大OBでしょう。早稲田を出ようが東大を出ようが、はじめから原発推進なら同じですよ。

あの事件が起こるまでは大学にとって電力会社は学生を入れたい優良企業としてしか映らなかったはず。学問の府などといってもそこに先見性を求めるのが間違っているだろう。まともな教授はいるが、それが権力を握っているわけではない。しかも、あのときは、タオがどうのこうのという御仁を別のところで登場させているのだから、能天気。そういえば、以前は、大前健一も成功者の見本としてか執筆していたし。本来なら、理工学部で長く素粒子論を講じておられた藤本陽一名誉教授やその系統の研究者を考えるべきだのに。

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