2008年3月15日 (土)

メディア、そして素材乞食

少し前の事になるが……3月5日に外へ校正に出たとき、帰りに買った日刊ゲンダイ――クリントン撤退かというスタンドのビラに引かれて買ったのだが――には、びっくり。例のミニチューズデーの結果が、クリントンの辛勝だったこともあり、そちらの記事も外していたのだが、それよりも「殺人者が平和に生活している」というリード文である。

第二面を読むと藤本哲也・中大教授(一昨年の自民党側公述人)による説明と、板倉宏・日大教授による「一部の犯罪に限っては共謀罪を導入してもいい時期に来ている」という談話。、一昨年、あれほど戦った講談社系メディア。それが、三浦和義というツボをつかれるとこれである。

ダメを押すように、『週刊現代』。ある女性歌人が、三浦氏と「寝た」経験を語っているのだ。その人の以前属していた結社では、戦場カメラマンが歌集を出して注目されていたが、今度は、風俗嬢が容疑者との時間を語る……ですかい。断っておくが、プロの女性をいやしんでいるのではない。歌人として、露出上等!とばかり、その日の話題に飛びつくのは、素材乞食、話題乞食じゃないか。自分のミゼール――どんな仕事をやってもついてくるのだ――を深く掘ること以外に芸術もなにもでてこないだろうに。

インタビュアもインタビュア。各句の間を一字あきにするという間の抜けたことを平気でやっている。カナモジカイかい! むかむかして収まらない。

こういうときは、それこそ、意外な音楽でも聴きたいものである。アンドリーセンの『国家』をウェブで探す。新品では手に入らない。丹念に秋葉原を回ったほうがいい状態の盤に出会えるようだが……。

2008年2月13日 (水)

若林亜紀という物件あるいは見事なカミングアウト

『文藝春秋』3月号の若林亜紀の文章には、笑ってしまう。内容は、ブログとほぼ同じ。ただ、コンピュータ保守の会社に関連していた政治家の名前は、編集部の指示もあってか消してある。それはそうだろう。文春はご夫人にインタビューすることもあるだろうから。

ただ、父親が、小泉純一郎の親戚と、慶應義塾大学時代友人で、その縁もあって小泉の東京事務所は、若林の父の東京の実家に置かれていた、というくだりを読むと、「ああ、さいですか」といわざるを得ない。

テレビで、自民党の支持率があるレベル以下には決してならないのをみていて、長いこと不思議がっていた。私のまわりには自民党支持者というのはあまりいなかったのである。しかし、今回の文章を見れば、わかる。コアな自民党支持層というほどではないにしろ、太陽の周りを衛星が離れられないように、一、二回の他党への投票はあっても結局は自民党――それも右派――に回帰してゆく人というのは、確実にいるのだ。見事なカミングアウトというほかはない。

小泉―竹中ラインが何をやったか、というようなことは当然、まったくといっていいほど目に入らない。安倍内閣については、その崩壊を残念がっていて、これでは、憲法九条第二項を守ることなどできはしないだろう。なんといっても、戦後レジームからの脱却を唱えた内閣なのだ。そして、小泉批判を展開したのも、ホージン――カタカナにするとなんと下品な響きになるのだろう――をつぶしてもらえなかった一時の恨み以上のものではない。

「しかし、彼女は天木直人の選挙を手伝ったではないか?」「天木直人に公的だったではないか?」 そう考えられる方もおられるかもしれない。しかし、これも計算済みと考えていい。天木が当選できないのは目に見えていたのだ。仮に大接戦になるという予想でも各紙が載せる情況であれば、彼女はこんな冒険はしなかったろう。肝心要の親分――本当に「極道」だという説もあった――を落とすような下手を打ってしまっては元も子もないでないか。このカモフラージュに、これにまんまとひっかかった「市民派」を私は知っている。

渡辺喜美への応援にいたっては、まじめに語るべきものを「コメディ」にしてしまったとしか言いようがない。その父は勝共推進議員で、統一協会から秘書を派遣されていたのだが、息子は神道政治連盟や日本会議のメンバーなのだ。こんな人と手を組んでどうしようというのだろう。しかも、独法祭りのあと、東証を視察したりして――いうまでもなく東証は行革の直接の対象ではない――、財界への挨拶怠りない政治家。経済産業省と厚生労働省の縄張り争いというのは、近視眼的であり、そのままは採用できないが、小うるさい規制官庁だの、商品テストをする機関だのは片付けますからね、というのは、好意を持って迎えられただろう。

「官僚支配を倒すためには誰とでも手を組む」などとおっしゃりそうである。しかし、それほど無原則に共闘というものはできるものだろうか。

かつて、岩間陽子『ドイツ再軍備』で読んだ、グスタフ・ハイネマンのエピソードがある。軍事ブロック反対の署名を集めていて、その中に、ネオナチのグループによるものを大量にみて、彼らと共闘はできないといったそうである。偏狭というなかれ。再軍備反対論は、戦争経験から来る絶対平和主義者、ノンマルクシストの左派、告白教会を中心としたクリスト者、といったいろいろなグループの寄り集まりであり、当然、そこには、偽装した国家社会主義者による加入戦術がありえたのだから。

2007年12月29日 (土)

格差社会へ批判元年

雨宮処凛vs濱口桂一郎対談『格差社会へ批判元年』12月19日の『EU労働法政策雑記帳』予告されていたのが、28日朝日新聞夕刊に出る。ビミョーなすれ違いぶりがかえっておもしろい。竹信三恵子氏(『きほんのき』はこの人が学芸部次長の頃の企画。たまたま28日、近所の古本屋で入手。連載当時もおもしろかったが、思想的背景を考えると納得がいく)が司会と編集を担当したとあるが、ライブを見てみたいという気分。

論点は多岐にわたるが、興味深かったことを一つだけあげておくと、非正規労働者の組合について、

濱口「(独立系労組の) 功績は大きいが、正社員労組と一緒に戦う方が効果的。日本の職場は管理職と非正規雇用だけになる可能性さえあり、非正規の組織化なしに労組の将来はない」【( )はMaxの補足】
雨宮「ひどい労働条件の非正社員の増加を正社員労組は放置し、非正社員たちは自力で労組を作った。日雇い派遣など細切れ雇用の人たちを支える独立系労組は必要だ」

という、違いがある。

ただ、幸いにというか、出版の場合、ある意味では、この問題はクリアされかけているのかもしれない。ゼンセンのパート組織化についてかつて『日本労働研究雑誌』でのある論文がそこはかとなく示したような、正規社員側の組織防衛(=非正規の別系統労組による組織化の排除)という利害がそれほどは、絡まないこともある(むろん、お前は甘いんだよ、といわれればそれまでですが)。

2007年12月24日 (月)

若林亜紀という物件

「行政改革」が中曽根一流の扇動の装置だったことに、気がつかない人、気がつかない振りをしている人が多すぎる。国労の衰退と動労の転向が中曽根の狙いだったし、森喜朗や中川秀直は、日教組と自治労を解体するのが狙いだとも言っている。

「サヨク」「アカピ」「ちょうにち」とののしられている朝日新聞だが、9.11のときにもテロとの戦いに参戦しかねない社説を書き、いまや、「少しばかり『リベラル』な産経」となりつつあるのではないか。『AERA』も同じことだ。そして、12月のTVに売れっ子として出ていた「ジャーナリスト」若林亜紀こそ、そういう時代の申し子だろう。

「独立行政法人祭り」「公務員祭り」――まったく2ちゃんねるの「祭り」と同じだろう――の中でも、彼女の地金が出たのが、都市再生機構をめぐっての12月4日の次のような叙述だ。

「愛知県保見団地では9000戸中4000戸が日系ブラジル人です。低所得者や身障者向けだから公金投入という理屈は通りません。」(渡辺大臣がんばって!2)

どこをどう見たって、日本人の劣情のような憎悪を煽り立てる文章ではないか。日本人のジャーナリストが日系ブラジル人について言うから、見逃されているのだろう。もしドイツのジャーナリストが、ドイツについて「トルコ人、ギリシャ人が~」とやりだしたら、レイシストとして逆ねじを食らうのは眼に見えている。URは、すでに1980年に国籍条項を撤廃している。

「入居の条件を満たしていますが、何か?」としかいうはずのないことだろう。入居後のマナーの問題はもちろん、あるかもしれないが、それはまた別である。日系ブラジル人の入居ををことさら問題視するのはいかがなものか。そして、保見団地については、URのHPでもわかるが、いわゆる億ション物件ではない。

もちろん、若林のブログで触れている都内の高級物件についての、外国人エリートビジネスマンへの高級住宅の建設が本旨ではないはず、というのは正しい。ただ、それは、「エリートビジネスマン(⇔ワーカー)」「高級住宅(⇔良好な住環境を満たす程度かそれより少しよいもの)」というところに力点を置かれるべきであり、中~低所得者向けの住宅の充実は、元ゼネコン社員で宅建保持者の彼女が夢想するような市場では無理だろう。かつて、早川和男が『住宅貧乏物語』で説いた、基本権としての居住権は、20年ほどたった今、見事に忘れられている――。

それにしても、若林のデビュー作『ホージンのススメ―特殊法人職員の優雅で怠惰な生活日誌』の腰巻に文章を寄せた佐高信はいったい、何を考えたのだろう。彼が推薦文を書いた新人はいまや、猪瀬直樹を支持し、行革イデオロギーを撒き散らしている。

外交官だった天木直人もやはり若林を支持する。官僚組織への批判で共通するところがあると考えているのだろう。しかし、若林は、イラク戦争反対を言っていたのはいつのことやら、いまでは、渡辺喜美にすりよるような考え方の持ち主ではないか。

渡辺は護憲派でも、イラク反戦派でもない。それどころか、神道政治連盟や日本会議のメンバーである。彼女は、安倍内閣発足時も行革に期待し、イケメン首相には甘く、タウンミーティング問題が明らかになるまで教育基本法には口をぬぐっていたのではなかったか。当時、まるでブレヒトの『第三帝国の恐怖と貧困』に出てくるウィーンの市民のような絶望感を持って事態を見守っていた一人としては、腹が立つ。こういうしかない。「若林さん、あなたが安倍内閣をあれほど増長させたんだよ」

知り合いの、あるジャーナリスト(これは本物)が、マスコミの早稲田閥を呪っていたのを聞いたことがある。彼によれば、学生の時分から一流マスコミでアルバイトしてコネつくりに余念がない早稲田の人間こそ、たいしたことない腕のわりにペイのいい仕事を独占している特権階級とのことだったが、何、三田のほうにも似たような人がいるということだ。

どうやら手紙を書くと必要があるらしい。書き出しは――

佐高信さん、いまでも、若林亜紀さんを支持しておられるのでしょうか。今後、『ホージンのススメ』が文庫化されるときも佐高さんの帯がつくのでしょうか。

彼女の最近の発言を見る限りあきらかにおかしな方向にかじを切ってしまっています。ブログではレイシストまがいの発言まで見られるではありませんか――。

2007年12月21日 (金)

行政改革

国立国語研究所が廃止になる。いわゆる独法「改革」ということらしい。

ここ一月ほどテレビでけたたましかった若林亜紀が何か言ってるかと思いきや、まったく無反応。自分の古巣への復讐心で凝り固まっている人間というのは、何も見えなくなるらしい。

それにしても、「行政改革」とさえ名がつけば、諸手を挙げて賛成するとは。なんと愚劣な思考だろう。渡辺行革相は、中曽根(国鉄)や小泉(郵政)にあやかろうとしているのである。今は「抵抗」されても、繰り返していれば、メディアに露出する機会が増えるという算段だ。それに対して、ジャーナリストと称して提灯持ちをしている人間がいる。おそらく、大学でノートを確保してAをそろえることとマスコミでのバイトしかしてこなかったような人間が。

2007年9月23日 (日)

共謀罪ですよ

福田康夫が自民党新総裁に決定。安倍よりはましという言い方がある一方で、2ちゃんねらーからは「媚中派」といって非難されている。たとえば、あるブログとそこに集う人のコメント。自称「ジャーナリスト」だそうだが。

安倍内閣に妙に甘い(労働官僚批判はするのに、長勢甚遠・前法相についてはほとんど言及していなかったのではないか?)が、これでもAERAに寄稿するという人らしい。

見誤ってはなるまい。たしかに、福田は安倍のようなしゃにむに進むという態度はとるまい。しかし、イラク人質事件当時の官房長官である。今井紀明の母親が民医連系の看護婦だということをリークしたという噂があり、あの時の態度は思い出したほうがいいだろう。

そして、自分の内閣では、官房長官に細田博之を起用する予定だという。記憶力のいい人は、察しがつくだろう。そう、昨年6月の共謀罪をめぐる攻防で、民主党案を丸のみして、あとで改正してしまうという「ウルトラH」の提案者。

そこで、明日・あさってになりましたが、共謀罪関連のもよおし。

●9月24日(月)
「共謀の広場」で決戦態勢の確立を13~17時 文京区民センター3階(A・B・C・D会議室)国会報告/リレートーク/ビデオ上映/救援コーナー/等

●9月25日(火)審議入り阻止全日行動 8時30分~17時 衆議院第二議員会館前

最新の情報はここ

気候変動のおかげで9月半ば以降も冷房を入れていて、喉をやられ、私自身はいけないのですが、よろしくお願いします。

2007年3月 5日 (月)

ヨリ少ない悪を選ぶに際して

浅野史郎氏の都知事選への出馬が決まったようだが、この間の一連の動きについて、違和感がないといえば嘘になる。なにより気になるのは、(とくにメディアの上で)事実上の二大政党制が実現してしまっていることだ。潜在的には約100万弱あるという共産党支持者(ただし、知事選では60万がいいところだろうが)は、存在しないことになっている。地方ならまだしも、東京の話である。

報道だけではなく、勝手連的な動きを示している人たちについても同じことがいえる。共産党が推す吉田万三のほうが出馬表明も早いし、それなりの事前運動をしているのだから、もし降りてくれというのなら、五十嵐敬喜クラスの立場の人間が頼み込まなければならない。むろん、それには、日の丸・君が代の位置づけ――少なくとも石原のような強制はしない――や、都労働委員会の労働者側委員の連合独占の問題――最低限全労連系の東京地評に一定の委員数を渡すことを続けるべきで、少し全労連に大目に割り当てるくらいが望ましい(実は現在の石原でも1名は東京地評から任命している)――というような材料で交渉することになるのだろうが。

丸山真男がよく引用する、「政治はヨリ少ない悪の選択である」という言葉があるが、その認識に立って、当選可能性ということで浅野を支持する人が、立候補の要請に加わった中にもかなりいるはずである。

その場合、吉田(=共産党)と交渉をしたが、同意に至らなかった、決裂したというのなら、まだ仕方がない(いいことではないが)。交渉の類をしないで、浅野出馬で動くというのであれば、共産党にケンカを売りますよといっているのに等しいのではないかもともと「平和への結集を目指す市民の風」だったかの主催したシンポジウムで吉田が挨拶にまわるといったとき、それをにべもなく拒否したのは民主党・田中都議である。浅野が民主の推薦を断る以上、交渉の余地は存在したのではないか。

今回の動きを見ているとかつての新党ブームと重なって見えなくもない。、あの時も、日頃シニカルに構えているようにみえるような人が結構乗ったのだ。栗原彬に教わったというO君など、丸山真男や大内力を読み、さらには新左翼の論理もわかるはずの人間だったが、社民連→日本新党というコースをたどった候補者の運動をやっていたのを見たことがある。

もっと気になるのは、浅野出馬の賛同者に、イラク人質事件での「ヒミツの大計画」を流布させた、犬伏秀一・大田区議まで入っていることだ。石原の地盤と重なる大田区で行政改革を主張している手前、石原を応援するわけにはいかなくなったのだろう。イラクでの第二次人質の郡山総一郎氏も賛同者になっているのだから、悪い冗談でなければ、いわゆる進歩派・市民派はお人好しが過ぎる。
東京都に必要なのは、『暴言を吐かない慎太郎』『外遊をしない慎太郎』ではないのである。

3月22日の公示までまだ少しだけ日はある。ここで書いたことをよい意味で裏切ってくれたらいいのだが(私の本質はおバカなのでこういうことを書くと疲れてかなわない)。

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