2008年7月20日 (日)

音楽(2)、梅雨明け

200807191823182008071914432520080719150452 画像は……別に沖縄に行っているわけではない。3枚目でわかるように、前売りを買ってあった演奏会の、会場前の広場でフェスタの一部として、エイサーをやっていたもの。梅雨明け。猛暑。

曲目は、『音楽のささげもの』。といっても、そのまま演奏するのでなく、説明入り。しかも、前半カノン、後半トリオソナタの間にはカール・フィリップ・エマヌエル・バッハのソナタを二曲という進行。拍手が楽章間で許されているのにはやはり違和感がある(楽章の間での拍手が禁じられたのはロマン派以降らしい)し、特殊作品であるとはいえ、一つの曲を割ってしまうのはいささか大胆だとは思うがこれも、ベートーヴェンがクロイツェルを初演したころまでは、曲の間で別の曲を入れることはあったらしい。最初、ヴァイオリンがうまく合わなかったりしたが、演奏はしり上がりによくなった。

六声のリチェルカーレは、最初はピアノフォルテ2台で演奏し、アンコールでは室内合奏形式。実演というのはこういうことがあるから、おもしろい。たしかに6人に割り振ると、小規模ながら、堂々たるものになる(モダン・バロックの時代は合奏形式のパターンが多かったので、40代後半以上にはこちらのほうが懐かしかったりする)。

2008年7月 2日 (水)

音楽(1)

P1010601 最近、聴いているのは、ビーチャムのハイドン(左手前)。近所のWAVEでセールしていたのを購入。フィッシャーの例の33枚組み全集が1万円ででていて、買おうかなと思ったが、検品の手間を考えて後回しになってしまう。新星堂盤で1枚だけもっていたヘルビッヒ(右手前)はいい演奏(録音も自然)で、こちらを輸入盤でそろえることも考えたが、、プルトを刈り込んでいて、少し、物足りない。そこでビーチャムである。わざわざ記事にするまでもないだろうって? たしかに、きょうび、気のきいた中学生ならフィッシャーだけでなく、クレンペラーあたりまでそろえているかも知れない。

だが、この演奏は楽しい。私の生まれる前。イギリスが福祉国家だったころ(怒れる若者もニュー・レフトも存在したが)。ちまちましたところのないグランドスタイルの演奏(もっとも、当時から室内管弦楽団タイプのいわゆるモダン=バロックの演奏は存在していたのだが)で、イギリスのオケが典雅に鳴る。。

さすがに録音は古い。この93-98はモノラルだし、Vnの高音はきんきんした感じ。これは、こちらの再生装置が安価なことにもよるのだろうが……。

2008年4月 5日 (土)

風が桜の花びらを散らし……

おとつい、きのうと桜が散って、吉野弘・高田三郎の「心の四季」を思い出す。花見に行かず。日中は確かにあついくらいだったが、夜は「春がそれだけ弱まってくる」どころか、冷える。

3504129236618_5 CD、本日、良品が到着。 先週の日曜日に届いたものは、2枚目のレーベル部分に傷があり、再生は支障がないとはいえ、将来的に不安なので交換してもらった。幸い、今回は良品が手に入ったからよかったが。CDになってから、不良品にあたることがよくある。それも値段に関係なく。技術としてまだ枯れていないということだろう。だから、HMVのサイトでボックスもので33枚(106曲)1万円代前半、とか50枚で5000円代という広告があっても、確認が厄介だなと思って怖気づいてしまう。33枚を到着後一週間で検品するというのは、苦痛に近い。

1枚目――ハスキルはプライベートな録音で、そのせいか、リスト(1928)は全部の音が入りきっていないのか、微妙な残響の部分が切れてしまっているみたいだ。ただ、指はよく回る。擬音を使うのは月並みだけどコロコロという音。

グラウンとプーランク(どちらも1936)は針の音がすごいが、40代にはったばかりの将来への不安に満ちた内面を浮かび上がらせている。

晩年になっての、ベートーヴェンの2番は、オケとの録音でないのが残念至極。1958年というから、彼女に残されていた年は片手に満たないのだが……。
期待していた、ヨッフムとの9番は、たしかにシューリヒトと入れたヘンスラー盤よりもいいが、テンポはもう少しだけ速くてもいいだろう。この曲はモーツァルトが若い頃の曲だし。

2枚目――リパッティが、インタビューの途中でショパンのワルツやバッハの「イエスよ、私はあなたの名を呼ぶ」(惑星ソラリスの曲といえば、ああ、あれかという人も多いはず。私の葬儀に使ってほしい曲の一つ)を弾いていて、美しい(ただし、リパッティといえば、早世したので、MP3で、著作権フリーで聴けるようにになっているから、高い買い物だといえなくもない)。バルトークでは打って変わったように野性的。

ただし、おしまいに入っている1943年のルーマニアでの自作録音など、けっこう微妙な問題を残すことになったのだろう。何しろ、「鉄衛団」の時代、アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』で知ったのだが、この国は激烈な反ユダヤ主義が支配していて、ナチスも顔負けの迫害をしたのである(アーレントは、ブルガリアがユダヤ人を保護しようと努力したこととの対比で描いて、いっそう際立たせている)。
戦後、ルーマニア作曲家連盟から除名されたというのも(これはSpycketの解説で知った)こんな時代に帰国して演奏したりしているからなのだろうか。

最近、畠山睦雄『ディヌ・リパッティ 伝説のピアニスト 夭逝の生涯と音楽』という感じのいい伝記を書店で見かけたが、このあたり、どう触れているのだろう? 戦時中の活躍がいくぶんかは原因になっていたのだろうか。ユダヤ系のハスキルとの友情が壊れなかったのが不思議である。

ハスキルについても、リパッティについてもJ.Spycketによる、解説は面白い(といっても私は英訳部分しか読めないのだが)。二人の微妙な友情の危うさの切ないこと! ただ、リパッティへのインタビューについては英訳は原文をかなり省いての抄訳らしい。2番めと3番目がどうやら逆になっているのか?

2008年3月19日 (水)

アンドリーセン『国家』

000003830651_3 『音盤考現学』にのせられて注文したアンドリーセン『国家』独ElektraNonesuch (9 79251-2) 、宮崎市のCD店より届く。状態きわめてよし。全35分なので、仕事の前に聞いてしまう。おもしろいが、けっこうたけだけしい曲である。歌詞として、プラトンから引用されているのは、
●III 397b7-c2
●III  398d1-399a3
●III 399c7-e7
●IV 424c3-6
の都合4か所。アンドリーセン自身による英文解説(ギリシア語で歌われているのだからいわば歌詞英訳)にA.D.リンゼイの名があるのも、政治学科出身者としては嬉しい。
曲がたけだけしいのは当たり前だろう。第3番目の引用箇所箇所及びその直後では、音楽によって、戦士としての市民を勇敢ならしめる、ということを論じているのだから。その意味ではプラトンの思想に忠実(?)なのである。

さて、軍楽つながりでいうと、戦前の軍楽隊は、どういう教育的な価値を付されていたのだろうか。あの数々のマーチは、市民に無料で提供されていた。3月10日(陸軍記念日)の東京大空襲の直後、放心したような人々の前、路上を軍楽隊が行進していったことは、『戦争中の暮しの記録』で知ったが、戦前、一番安価に聞ける音源の一つだったはずである。そして、演奏会では、ジンタの類はサービスしたのだろうか。それとも禁止されていたのだろうか。

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